STAKEHOLDER INTERVIEWS グローバルヘルスR&Dに関わる
ステークホルダーへのインタビュー
この5年で日本が変わったこと 
今後日本と世界が進む未来

DISCOVERY

01

デイヴィッド・レディー

メディシンズ・フォー・マラリア・
ベンチャー(MMV)
CEO

“耐性を持つマラリア原虫に効く新薬や防虫剤の開発は喫緊の課題です。”

21世紀において、マラリアという病気はなぜ重要なのですか?

マラリアは、世界の最貧諸国の健康や経済指標に直接的な影響を与えています。この15年間、積極的に大掛かりな対策が講じられたことで、発生件数はおよそ60%減少し、死亡率は40%近く減少しています。しかし、マラリアは今でも、開発途上国では深刻な健康問題となっており、2015年の死亡者は429,000人と推定されています。2分に1人の子どもがマラリアで命を落としている状況です。世界の最貧国では、未来を担う世代が、マラリアによって奪われている現状があります。

一方で、マラリアの分野では、これまでに様々なことが達成されてきたのも事実です。防虫剤処理を施した蚊帳や、感染症を媒介する害虫などを駆除したり、その働きをコントロールするベクターコントロール、それにマラリアの予防薬や治療薬の開発があげられます。しかし、同時に懸念も生じています。マラリアのための薬剤が過剰に使用されたり、頻繁に誤用されることによって、病原体が薬剤に対して耐性を獲得するという問題が起きたのです。そのため、耐性を持つマラリア原虫に効く新薬や防虫剤の開発は喫緊の課題です。

レディー氏は、マラリアの問題になぜ取り組むようになったのでしょうか?

私はこれまで公衆衛生の分野で仕事をしてきました。私が所属するメディシンズ・フォー・マラリア・ベンチャー(Medicines for Malaria Venture、以下MMV)に参画する前は、製薬会社で働いていました。最初に取り組んだのが、HIV/AIDSの分野で、10年ほど仕事をしました。その間、科学の最前線と、新薬を待つ患者がいる医療現場の両方で、大きな進歩を目の当たりにしました。HIV/AIDSの問題は、途上国での薬の普及が急務だったため、分野を超えた様々な組織と協業する必要がありました。これは、過去にない、革新的なことでした。パンデミックインフルエンザも同様ですが、現代の公衆衛生における主要な課題は、分野を超えなければ解決できません。このような経験から、成功を導くための唯一の手段は、組織やセクターの壁を越える、パートナーシップだと学びました。私は、新しいことに取り組んだり、既存の枠にとらわれないこと、また、民間企業と公的機関の両部門にまたがって仕事をすることが好きです。

同様に、これまでに、マラリアの分野でも進歩がみられました。しかし、患者に必要な薬を届けるという医薬品アクセスの観点では、大きな隔たりがありました。マラリアに取り組むようになったもう1つの理由は、マラリアにかかるのは、子どもたちが圧倒的に多いということです。私も一人の父親です。現場に出かけて行って、子どもたちがどれほどマラリアで苦しんでいるかを目にすれば、誰でも何かしたくなります。私がマラリアと闘うのはこうした理由からです。

MMV設立の経緯と意図は?

MMVは1999年に、アフリカ諸国からの要望に応える形で設立されました。抗マラリア薬への薬剤耐性が大きな問題になりながらも、新薬開発が行われなくなっているという危機感がありました。なぜかというと、マラリアの新薬を開発しても、主にその薬は開発途上国で使用されるため、得られる利益が新薬開発のコストやリスクに見合わないと考えられていたからです。そのため、新たな新薬開発モデルが必要でした。

このために考えられたのが、政府などの公的機関や慈善団体が新薬開発のための資金を拠出し、MMVのような機関が持つ専門知識を活用する枠組みです。これにより、製薬企業が新薬開発に参入するリスクを軽減し、新薬開発のインセンティブを提供します。

このモデルにはもう一つ欠かせない要素があります。それは、新薬を開発する上での基礎研究に対して大きな役割を果たす、学術界を引き入れたことです。学術界の新しい知見を活用することで、製薬企業にとっても薬を開発しやすくするのです。このように、MMVは、様々なセクターをつなぎ、マラリアの新薬開発を推進する役割を果たしています。

“日本との連携は考えましたが部外者がアプローチすることは困難でした。しかし、GHITの設立で状況は一変しました。”

MMVの設立以降、抗マラリア薬開発はどのように進みましたか?

MMV と私たちのパートナーは、歴史上で最も充実した抗マラリア薬の製品パイプラインを構築してきました。その結果、6種類の新薬が生まれ、多くの人々の命が救われています。ノバルティスと共同開発した薬(Coartem® Dispersible)は、2009年の使用開始以来、3億人の子どもの治療に使用されてきました。さらに、Guilin Pharmaceutical社と共同開発した 注射式の新薬(Artesunate)は重症マラリアの治療に使用されています。この二つの薬だけでも、すでに100万人を超える患者の命を救ってきたと推測されています。また、顧みられない病気の新薬開発に取り組んでいる国際的な非営利組織である、Drugs for Neglected Diseases initiative (顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ、DNDi)が開発・薬事承認を取得したアルテミシニン併用療法をMMVが引き継いで管理しています。こうした産官学の連携を発展させることで、新薬のポートフォリオをさらに充実させ、今後もマラリア対策を強化していく予定です。

薬剤への耐性が課題ということですが、新薬の開発の可能性はあるのでしょうか?

薬剤への耐性は、他の病気の分野でも見られる問題です。抗生物質も、抗ウイルス薬も、抗マラリア薬も同様の問題を抱えています。すでに申し上げた通り、この問題は薬剤の過剰使用や誤用が関係している場合が多いのです。耐性を防ぐためには、原虫が耐性を獲得しないように、併用して使えるいくつかの薬剤を持つことが理想です。しかし、当初は、このような併用薬剤は存在せず、今ある抗マラリア薬の多くは、当初単独で使われてきました。これにより、原虫が耐性を獲得することが容易になり、耐性ができてしまったのです。

また、品質が基準に満たない薬剤や、偽造薬などが製造され、市場に出回っていることも大きな問題の一つです。こういった薬剤は、血液中のマラリア原虫に実際に作用する必要な成分量を満たしていないため、原虫は薬剤への耐性を強め、その結果、既存の薬剤は次々とその効果を失ってしまいます。したがって、私たちは、原虫が耐性を獲得するより前に行動し、様々な方法で原虫と戦っていく必要があるのです。

原虫を攻撃する際には、攻撃対象となる標的部位の数、攻撃方法がカギとなります。MMVとパートナーがマラリアの問題に取り組み始めて以来、1999年にはたった5種類しかなかった標的部位が、現在では約26種類にまで増えました。これは世界でも前例のない素晴らしい実績です。結果的に、様々な新しい方法で原虫に対処することが可能になりました。原虫が耐性を持つ前に新たな方法で対処することで、将来も効き目のある薬剤を確保することができるのです。

抗マラリア薬開発におけるパートナーシップの役割と価値はなんでしょうか?

なぜパートナーシップが重要かといえば、私はパートナーシップこそがMMVの真髄だと考えています。私はよく申し上げるのですが、パートナーシップがなければ、MMVは「無(nothing)」なのです、これは紛れもない事実です。MMVは、学術界や製薬企業から様々な人材を集め、それぞれの得意分野を活かし、将来の抗マラリア薬になりうる化合物ライブラリーなどの重要な知識や経験を結集させることを目指しています。 そして、独自の役割を持ち、その強みを十分に発揮してくれるパートナーがいます。最高のパートナーが、それぞれの最高の力を結集しなければ、新たな抗マラリア薬を短期間で開発し、患者に適時に届けることは不可能です。しかも、開発された新薬を手頃な価格で、幅広く供給しなければなりません。パートナーシップなしではこの実現は難しいでしょう。

MMVと日本とのコラボレーションは、いつ頃、どのように始まったのですか?

MMVは2009年以降、日本企業との関係構築を模索してきました。日本の製薬企業に関心を抱いたのは、卓越した技術や知見があるからでした。世界を代表する製薬企業のいくつかは日本にあり、こういった企業は化合物のライブラリーも豊富で、グローバルなネットワークもあります。しかし、当時、日本との連携は考えましたが部外者がアプローチすることは困難でした。しかし、GHITが設立されたことで状況は一変しました。

GHITのCEOのスリングスビー氏とは、彼がエーザイにいた頃から面識がありました。彼が、ビル&メリンダ・ゲイツ財団で長らくグローバルヘルス部門総裁を務めた山田忠孝氏(Tachi Yamada)と一緒にGHITの発足にあたり尽力していることは認識していました。

GHITの発足は、他のパートナーを集める上でも、特に日本の製薬企業とのパートナー関係を結ぶためにも、完璧な解決策になりました。その結果、エーザイ、第一三共、武田薬品、住友化学などの企業と、戦略的な提携を結ぶことができました。協業は現在も続いています。

MMVの活動にとって、日本と日本企業がそれほど重要なパートナーとなったのはなぜでしょうか?

MMVが日本の製薬企業との関係構築を求めてきた理由はたくさんありますが、第一の理由は、 日本の製薬企業の卓越した専門性です。日本の製薬企業は革新的で、質の高い新薬を開発してきただけではなく、倫理観も素晴らしいと思います。その姿勢は、外部とのやり取りや新薬の流通においても表れています。このような日本の製薬企業の優れた専門性と、中核にある、企業としての価値観を活用したいと思ったのです。

二つ目として、日本の製薬企業が構築してきた化合物ライブラリーが多様性に富んでいることも大きな理由です。この化合物ライブラリーこそが、新薬開発の基盤であり、将来の新薬の種になります。日本の化合物ライブラリーは多様性があり、かなりの確率で独自の化合物を見つけることできます。世界のどの企業にも存在しない化合物です。日本の製薬企業とパートナーシップを結びたいと切望したのはこのような理由からでした。

“DSM265は新しいメカニズムで作用しますので、従来の薬剤に耐性を持っている原虫にも作用します。”

MMVの日本の製薬企業とのパートナーシップにより、抗マラリア薬開発は、どのように変化しましたか?

バリューチェーンの様々な場面で、日本の製薬企業との連携を開始しました。これが、新薬開発の大きな突破口となりました。武田薬品には、すでに臨床開発が始まっていた案件に関してサポートしていただきました。エーザイや第一三共などの企業とは化合物ライブラリーのスクリーニングを行い、早い段階で有望な化合物を見つけることができました。それらの化合物は今、臨床開発に向けたさらなる研究の段階に入っています。

GHITがMMVと日本の製薬企業とのネットワークをつないでくれたことで、各社の化合物が利用可能になりました。それだけではありません。民間企業、学術界、公的機関が当初からGHITのプラットフォームに集まっており、MMVのようなPDP*(Product Development Partnership)も当初から製品開発に参画することができました。GHITが成功のために必要な要素や環境を整えてくれたと言っても過言ではありません。このような機関は、今まで他にありませんでした。

※PDP:産官学の連携を通じて治療薬、ワクチン、診断薬などの製品開発、臨床研究など、公衆衛生上の問題解決のために事業を行う非営利組織のこと。

国レベルでは、日本はマラリアへの対策にどのような変化をもたらしていますか?

日本は多くの点で貢献しています。まず、GHITの設立そのものです。先述の通り、GHITは成功のために必要な要素をすべて集めてくれました。GHITを通じて、日本の学術界、日本のイノベーションとを融合させることができます。日本の製薬企業を結集させることができたので、新薬開発における中核的な専門性と化合物ライブラリー、グローバルな流通網をより活用しやすくなりました。日本企業に抗マラリア薬開発の経験がなくても、MMVのような特定の疾患を専門とする機関があるので、お互いの役割を補完し合えます。GHITが作ったこのようなモデルは、実際、他の国々が参考にしようとしています。

さらに、日本政府は、国際社会に対し、マラリア支援に対する大きな決意を、行動で示しています。具体的には、資金の提供やGHITへの支援がありますが、このような取り組みのおかげで、抗マラリア薬の開発が大きく前進すると感じています。

MMVと武田薬品のパートナーシップで新たな抗マラリア薬(DSM265)の開発が進んでいます。この薬はどのような点が革新的なのでしょうか?

DSM265は新しい作用機序を持つ、現在臨床開発中の抗マラリア薬です。つまり、マラリア原虫を攻撃する方法が、従来の薬剤と全く異なります。これはDHODH(ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ)阻害剤と呼ばれるもので、原虫の特定の酵素だけを攻撃します。まず、DSM265は新しいメカニズムで作用しますので、従来の薬剤に耐性を持っている原虫にも作用します。これは、新薬には欠かせない特徴です。また、この薬は大変効果が強く、単独で用いても、血液中の原虫の過半数を死滅させます。ただ、先ほども言ったように、単独で薬を使うと、耐性の問題が起きやすくなるので、併用可能な、適切な薬剤を探す必要があります。DSM265は貴重な新薬候補ですから、今後も耐性を失わないようにしなければなりません。

また、今までの薬剤は複数回の処方が必要だったのですが、DSM265により1回の処方で治療が可能になるかもしれません。この薬は経口薬なのですが、血液中に成分が長時間留まり、原虫の大半を死滅させることができるのです。これは、本当に画期的なことです。医師や医療従事者が一度投薬すれば、患者は治療が完了したものとして自分の生活を続けることができます。薬があるのに、患者が完治する前に途中で治療をやめてしまうというような、実際の医療現場の悩みを解決できると思います。また、薬剤耐性の問題にも役に立つ可能性があります。現在は、患者の家族が残っている処方薬を保管しておいて、家族内の別の子どもがマラリアになった場合に備えておくということが頻繁にあります。結果、患者が処方された薬剤を全て飲まないため、最初にマラリアにかかった子どもは完治せず、さらには薬剤耐性を助長してしまっていました。一回の投薬で済めば、このような問題は起きなくなります。

今後、日本に期待する役割とはなんでしょうか?

日本に期待していることは、これまでにかなりの成功を収めてきたGHIT と日本の製薬業界との協力関係をさらに強化することです。 パートナー同士がお互いをよく理解し合うことで、良いパートナーシップが形成され、成功を導くことができると信じています。それが今後も成功を続けるための鍵になると思います。では、「成功」とは何でしょうか?

私たちにとっての成功は、患者に薬を使用してもらうことです。具体的には、日本企業と開発中の薬の候補を臨床開発段階へと進めたいと考えています。武田薬品と進めているDSM265やDSM421、エーザイと進めている非アルテミシニン剤のSJ733などがあげられます。これが実用化されることが今後10年間の願いです。そうなれば、本当に成功したといえるでしょう。

また、効率的に、効果的な薬を作ることも念頭においています。マラリアの分野では、さらに有望な化合物も見つかっています。新薬の開発において、新たな化合物の候補は必要不可欠です。無数の化合物の可能性を試すことで、効果的な新薬候補の発見につながるからです。私たちの役割として、資源を無駄にしないように、可能な限り早い段階で、有望でない新薬候補の開発を打ち切り、次世代の新薬開発に注力することも大切です。日本の製薬企業と協力し、抗マラリア薬を開発し、種類を充実させることで、最終的にはマラリア根絶が可能になると信じています。

本インタビューに掲載の所属・役職名は、2017年のインタビュー公開時のものです。

略歴
デイヴィッド・レディー
メディシンズ・フォー・マラリア・ベンチャー(Medicines for Malaria Venture)CEO。前職では、バーゼルのF. ホフマン・ラ・ロシュ社(F. Hoffman-La Roche Ltd)でグローバル製品戦略担当副社長として、広域流行性感染症のタスクフォースのリーダーを務める。HIV/AIDS 向けの国際展開のリーダーも務め、史上初の対HIV融合阻害剤の開発と市場導入を統括。同社のHIV治療薬のアクセスポリシーやイニシアチブに携わる。製薬業界での経験は20年を超え、新薬開発推進、ライセンス供与、アライアンスマネジメント、製品・疾患マネジメント、市場分析、事業計画、政府、NGO、患者団体との交渉など幅広い領域を手がける。

STAKEHOLDER INTERVIEWSARCHIVES

FUNDING

01

山本 尚子厚生労働省 大臣官房総括審議官
(国際保健担当)
#

02

ハナ・ケトラービル&メリンダ・ゲイツ財団
グローバルヘルス部門ライフサイエンスパートナーシップ
シニア・プログラム・オフィサー
#

03

スティーブン・キャディックウェルカム・トラスト
イノベーションディレクター
#

DISCOVERY

01

デイヴィッド・レディーMedicines for Malaria Venture (MMV) CEO
#

02

中山 讓治第一三共株式会社
代表取締役会長兼CEO
#

03

北 潔東京大学名誉教授
長崎大学大学院 熱帯医学・グローバルヘルス研究科 教授・研究科長
#

DEVELOPMENT

01

クリストフ・ウェバー武田薬品工業株式会社
代表取締役社長 CEO
#

02

畑中 好彦アステラス製薬株式会社
代表取締役社長CEO
#

03

ナタリー・ストラブウォルガフト顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ(DNDi)
メディカル・ディレクター
#

ACCESS

01

ジャヤスリー・アイヤー医薬品アクセス財団
エグゼクティブ・ディレクター
#

02

近藤 哲生国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所
駐日代表
#

03

矢島 綾世界保健機関西太平洋地域事務所
顧みられない熱帯病 専門官
#

POLICY

01

マーク・ダイブル世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)
前事務局長
#

02

セス・バークレーGaviワクチンアライアンスCEO
#

03

武見 敬三自由民主党参議院議員
国際保健医療戦略特命委員会委員長
#