STAKEHOLDER INTERVIEWS グローバルヘルスR&Dに関わる
ステークホルダーへのインタビュー
この5年で日本が変わったこと 
今後日本と世界が進む未来

FUNDING

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スティーブン・キャディック

ウェルカム・トラスト
イノベーションディレクター

“GHITの投資ポートフォリオの目的やビジョンは、ウェルカム・トラストと完全に一致しています。”

キャディック氏がグローバルヘルスの中でも、イノベーションに携わることになったきっかけについて教えてください。

私はこれまで学術界に身をおいてきましたが、産業界とも密に仕事を行ってきました。私は科学を実社会に役立てて、インパクトをもたらすことに関心がありました。その中でも、グローバルヘルス以上にそれを実現できる分野はないと思っています。科学を通じて、患者にとっての利益をもたらしたいという強い思いが、私がグローバルヘルスのイノベーションをやるきっかけになったのだと思います。

ウェルカム・トラストとはどういった団体なのでしょうか?

ウェルカム・トラストは民間財団で、科学を振興し、その活動によって人々の健康改善することを目的としています。ウェルカム・トラストは1930年代に設立され、英国ロンドンに拠点を置いています。今日、ウェルカム・トラストは世界で最も大きな民間財団の1つとして、極めて多様な活動を支援していますが、主要事業は「Blue sky science(青空科学) 」と呼ぶれるような、実社会にはすぐには結びつかないものの、好奇心を刺激するような科学(curiosity-driven science)、生命科学分野を長期的に支援しています。こうした研究は、公的あるいは文化的な活動や、イノベーションを通じて、人々の健康に恩恵をもたらすものだと思っています。

ウェルカム・トラストは巨額の資金を運用しており、年間約10億英国ポンドを助成しています。これが1つ目の特徴です。2つ目は、研究の深さと幅です。私たちは何千人もの研究者を支援しています。現代の健康や医療に関する様々な課題を解決するために、専門家の知見を活用しています。そして、私たちは、極めて強力なエビデンスに基づいた研究を行うことも特徴です。3つ目は、ウェルカム・トラストは独立した民間財団ですので、他の団体であれば取り組むことが難しいと思われるような、長期的な目標を追求することができます。例えば、50年後先までを見据えることもありますし、5年先の場合もあります。ウェルカム・トラストには、このような組織の中長期の戦略を検討する小さなグループがあります。

“間違いなくGHITはウェルカム・トラストの戦略的投資の1つであり、非常に大きなインパクトをもたらすと考えています。”

ウェルカム・トラストは、2015年にGHITの資金拠出パートナーとして参画しましたが、ウェルカム・トラストの投資戦略におけるGHITの位置づけを教えてください。

まず、GHITの投資ポートフォリオの目的やビジョンは、ウェルカム・トラストと完全に一致しています。私たちは、特に低中所得国のような資源の乏しい地域に暮らす人々に大きな影響を与えるイノベーションの創出に注力しています。GHITの投資ポートフォリオを見れば、その点に真正面から取り組んでいることがわかるでしょう。ウェルカム・トラストとGHITの方向性は完全に一致しています。

ウェルカム・トラストには3つの戦略があります。1つ目は、世界をより良くするために、イノベーションを通じて、科学がいかに私たちの日々の生活に結びついているかを示していくことです。これらは双方向性の関係にあるものだからです。2つ目は、人々の健康をさらに改善するために、イノベーションをより迅速に推進できる効果的なパートナーネットワークを構築することです。3つ目は、5〜20年以内に、健康に重要かつ実質的なインパクトを与えることができる複数の案件に投資することです。間違いなくGHITはこうした戦略的投資の1つであり、非常に大きなインパクトをもたらすと考えています。

GHITのビジネスモデルにおいては、あらゆる団体にメリットがあります。日本は、日本の強みをグローバルヘルスに活かすことができますし、海外の機関も皆、同じ方向を見ているので、それぞれの強みを活かすことができます。そして最も重要な点としては、私たちが迅速にインパクトを生み出せるという点だと思います。

グローバルヘルスへの資金拠出に関する日本の役割は何でしょうか?

日本は、革新的な科学を生み出すことや、実社会への応用に関して、非常に重要な役割を担っています。そして、GHITは私がこれまでに見た中で、日本発のイニシアチブの中でも最も重要な1つだと考えています。なぜなら、GHITはパートナーシップ推進型のモデルであることや、参画パートナーのそれぞれが重要な役割を果たしているからです。さらに、GHITは主要なステークホルダーから、革新的な方法で資金調達を行っています。また、製品開発への投資に関して金銭的な見返りを求めているわけではなく、公衆衛生に対してインパクトを与えることに重きを置いていることも重要な点だと思います。

日本の科学とイノベーションがグローバルヘルスに活用されていることもGHITの特徴といえるでしょう。投資が不十分な領域に変化をもたらすという明確な目的も、他の団体との違いを際立たせています。そして、GHITは、民間企業が投資しづらい、商業的ではない案件などを支援していますし、特に低中所得国における感染症の問題を解決する製品開発を資金的に支援しています。GHITのポートフォリオにはそうした案件が数多くあります。

重要なことは、GHITが日本政府、製薬会社、NGO、ウェルカム・トラスト、ゲイツ財団などの機関と連携できる極めて稀な機会を提供するプラットフォームだということです。我々は迅速に動くことができますし、資源をプールして、研究から導入に至るまでの過程において科学を早く前に進めることができるのです。

“GHITはグローバルヘルスの中でも最も難しい課題に取り組んでいます。パートナーの切迫感、情熱、創造性が製品開発を推進しています。GHITが築いたこのパートナーシップによって、課題をより早く解決することができるでしょう。”

日本のイノベーションで特徴的な点は何でしょうか?

繰り返しになりますが、日本は、優れた質の高い科学を生み出し、それらを用いて実社会にインパクトをもたらしています。私たちは、日本の科学文化、日本のイノベーション文化、日本のビジネス文化から学ぶべきことがたくさんあると思います。このような日本の素晴らしい資源にアクセスするためにも、ウェルカム・トラストにとってGHITは最適なパートナーだと考えています。

GHITはグローバルヘルスの中でも最も難しい課題に取り組んでいます。パートナーの切迫感、情熱、創造性が製品開発を推進しています。GHITが築いたこのパートナーシップによって、課題をより早く解決することができるでしょう。

日本の製薬会社の特徴は何だと思いますか?

日本の製薬業界は、人々の健康を改善する医薬品を次々に生み出していますし、日本の優れた科学をどのように活かすべきかを深く理解していると思います。GHITに関わる製薬企業は、将来の成功のためには必要不可欠です。

例えば、有望な発見を早期段階から応用するためには、科学分野の文化をしっかりと理解する必要がありますが、GHITやグローバルヘルスコミュニティに関与している国内外の企業は、こうした点についても熟知していると思います。そもそも、有望な発見をするためには、科学界に適切にアプローチする必要があります。それは、ダイヤモンドや金の採掘に似ています。例えばあなたには十分な資源があり、探している鉱石がどこにあるかも分かっているとしても、それらを実際に見つけ出すところから始まります。次には、研磨する過程があります。そして、適切な市場に出すために、適切な人々を探し出さなければなりません。このように、製薬企業は、どこの誰が、どのような製品や方法について興味関心があるかを熟知しており、日本企業も重要な役割を果たしていると思います。

製薬企業や学術界は科学をグローバルヘルスに活かす上でどのような役割を担っていますか?

科学やイノベーションの分野において、大きな変化が起こっていると思います。科学雑誌に論文が掲載されること以上に、グローバルヘルスに対する情熱やエネルギーが溢れています。私がかつて、研究を主眼にした学術界で仕事を始めたときは、目指すゴールは、権威のある科学雑誌に論文を掲載することでした。しかし今では、研究者はそれ以上のことを考えています。人々の健康、食の安全、気候変動、エネルギーなど、私たちが直面している様々な問題に対して、自分自身が所属する組織が真剣に取り組むことを求めているのです。学術界においても、応用研究やイノベーションをいかに取り入れるかということが、最も重要なトピックになっています。

科学を単なる論文で終わらせないためには、目的意識を持ってプロジェクトマネジメントを行い、ハイレベルの投資を行い、断固とした意思決定が必要です。こうしたやり方は学術界でも行われますが、民間企業においてはさらに至極当然のことだと思います。

学術界に求められる最も重要なことは、新たな、予期せぬ発見だと思います。美しいとも思えるような問題や課題に取り組むこと必要があります。偉大な発見や偶然の発見は、多くの場合「Blue sky science(青空科学)」からもたらされるものです。例えば、学術研究において、A地点からB地点に進もうとする際に、時には、重要ではないのに、興味目的で違う方向に行ってしまこともあります。対照的に、民間企業であれば「B地点に到達したいなら、この部分が重要なので、この道筋でやります。」という場合があると思います。

英国、米国、ヨーロッパ、アジア、それぞれの地域で科学文化は異なりますし、応用研究の考え方も異なります。しかし、製薬会社はこれらの違いを非常に良く理解していると思います。学術界を最大限に活用するために、地域差を調整しながら、プロジェクトマネジメントや投資スタイルを行っているのです。

“GHITのモデルは、今後数十年間、50年後、100年後に社会が直面している主要な複雑な課題のすべてにおいて、少しモデルを調整することで応用ができるものだと思います。”

グローバルヘルスとイノベーションにおける政府の役割は何と思いますか?

政府は、グローバルヘルスを単に特定の人々の問題として捉えるのではなく、国際社会にとって意義があることを訴えていく必要があります。そうすることで、人々が協働するための推進力になりますし、国境を超える病気と戦うために政府同士が協働することは必要不可欠だからです。GHITの設立に重要な役割を果たした日本政府が、GHITを非常に強く支持していることは素晴らしいことだと思います。私は、政府が参画し、資金拠出や政治的な支援を行うことは非常に重要だと考えています。

若い世代は、科学とイノベーション、特にグローバルヘルスに関してどのように捉えていると思いますか?

若い世代にとって、何百万人もの人々の健康を改善し、生活の質の向上に貢献できるという、これ以上魅力的な領域はないのではないでしょうか。ハードワーク、忍耐、想像力、創造性が必要になりますが、これに勝る刺激的なことがあるでしょうか。しかし、これらを実現するためには、多様な人々による、賢明な知恵が必要です。

しかし、拙速な判断や、瞬間的な満足を追い求めがちな現代社会において、科学の発見が人々の健康に実際に貢献するには長い時間が必要であることなど、現実的な側面をしっかりと伝える必要があります。そして、これらの領域を魅力的なものにしなければなりません。バイオテクノロジー、グローバルヘルス、ライフサイエンス、起業、イノベーションを現在よりもクール(かっこいいこと)にする必要があるのです。

GHITビジネスモデルは他のセクターにも適用できると思いますか?

GHITのモデルは、今後数十年間、50年後、100年後に社会が直面している主要な複雑な課題のすべてにおいて、少しモデルを調整することで応用ができるものだと思います。グローバルヘルスは現代の課題の1つですが、安全保障、農業、水問題、気候変動など他にも重要な課題があります。大きな進歩は商業的な必要性によって成されることがありますが、しかし、人間にとって潜在的なインパクトが非常に深刻なため、商業的かつ公的なアプローチの両方が必要です。GHITはそのうまい具合にその両方を担っているのです。これらの複雑な問題解決に向けて協働するためには、私たちは社会の一端を担う個々の人々の強みを活かして、協力することが必要不可欠です。

本インタビューに掲載の所属・役職名は、2017年のインタビュー公開時のものです。

Biography
スティーブン・キャディック
ウェルカム・トラスト イノベーションディレクター
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)化学生物学教授。以前はUCLの副学長(エンタープライズ&ロンドン)を務め、UCLのエンタープライズとイノベーション活動を牽引。MRCテクノロジーの科学諮問委員会のメンバーでもあり、ヨーロッパ研究大学連盟のエンタープライズとイノベーションコミュニティの議長を務める。フランシス・クリック研究所内の化学生物の戦略立案と施設開発に重要な役割を果たし、オープンアクセスのウェブサイトであるSynthetic Pagesと抗体医薬会社Thiologicsの共同設立者でもある。

STAKEHOLDER INTERVIEWSARCHIVES

FUNDING

01

山本 尚子厚生労働省 大臣官房総括審議官
(国際保健担当)
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02

ハナ・ケトラービル&メリンダ・ゲイツ財団
グローバルヘルス部門ライフサイエンスパートナーシップ
シニア・プログラム・オフィサー
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03

スティーブン・キャディックウェルカム・トラスト
イノベーションディレクター
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DISCOVERY

01

デイヴィッド・レディーMedicines for Malaria Venture (MMV) CEO
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02

中山 讓治第一三共株式会社
代表取締役会長兼CEO
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03

北 潔東京大学名誉教授
長崎大学大学院 熱帯医学・グローバルヘルス研究科 教授・研究科長
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DEVELOPMENT

01

クリストフ・ウェバー武田薬品工業株式会社
代表取締役社長 CEO
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02

畑中 好彦アステラス製薬株式会社
代表取締役社長CEO
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03

ナタリー・ストラブウォルガフト顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ(DNDi)
メディカル・ディレクター
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ACCESS

01

ジャヤスリー・アイヤー医薬品アクセス財団
エグゼクティブ・ディレクター
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02

近藤 哲生国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所
駐日代表
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03

矢島 綾世界保健機関西太平洋地域事務所
顧みられない熱帯病 専門官
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POLICY

01

マーク・ダイブル世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)
前事務局長
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02

セス・バークレーGaviワクチンアライアンスCEO
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03

武見 敬三自由民主党参議院議員
国際保健医療戦略特命委員会委員長
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